九州パンケーキオフコマーシャルプロジェクト

オール九州産の厳選素材(小麦・雑穀)だけで作った、九州パンケーキがCMに!
オフコマーシャルが完成するまでの経緯や、制作に込める想いなどを紹介します。

  • オフコマーシャルって?
  • なぜ「九州パンケーキ」?

オフコマーシャルとは、なにか? ― 逆転の発想で作るCM ―

オフコマーシャルとは、クリエイター(広告の作り手)の方からクライアント(広告主)に提案してつくるCMのことです。CMは、広告のなかのひとつの表現手段。ふつうは、ある企業(クライアント)が、広告代理店に広告制作を依頼することからはじまります。企業が提示した予算で、広告表現・メディア・広告を展開する期間や量などが、広告代理店によって計画されます。クライアントとの話し合いで大筋の内容が決まると、CMの作り手である私たちの出番。つまり、クリエイターと言っても、私たちは、クライアントを選ぶこともできないし、実際の広告制作に関わるのは、予算も媒体計画もすべてが決まってから。制作の過程では、さまざまな情報に厳格な守秘義務が伴います。そんな風に、長年、広告はつくられてきました。

オフコマーシャルは、何よりもまず、クリエイターが企業や商品に共感することからはじまります。そして、クライアントとクリエイターの関係は、対等で、直接的で、お互いに信頼しあうものであるべきだという考え方のもとにつくられます。制作のプロセスは、ブログやHPで可能な限りオープンにし、消費者の共感を、早い段階からつくり出そうとします。そして、できあがったものは、テレビでオンエアすることを前提としないで、店頭やインターネットなど、消費者にもっとも効果的に伝わる手段やメディアを考えて公開し、多くの人に見てもらい、シェアを促します。予算も、まったくのゼロベースから、クライアントとクリエイターがいっしょになって考えます。

つまり、なにもかも、通常の広告とはあべこべ、逆転の発想でつくられるのが、オフコマーシャルなのです。

第1弾は、東京にあるファッション・ブランド「DIGAWEL」のCM(2007年公開)。

第2弾は、北九州にある無添加石けんを製造販売する企業「シャボン玉石けん」のCM(2009年公開)。第3弾は、長野県小布施町にある酒造メーカー「桝一市村酒造」のCM(2013年公開)。詳細は、http://www.liverary.comで、どうぞ。

なぜ、「九州パンケーキ」なのか? ?共感ベースの新しいCMのつくり方?

CMディレクターの今村直樹と村岡浩司さんは、2010年10月に出会いました。当時、早稲田大学の大学院・公共経営研究科というところで学んでいた今村は、修士論文のテーマを「広告と地域活性化」とし、宮崎県で発生した「口蹄疫問題」をめぐる広告について取材しました。その際、「地域活性化のリーダー的存在」として今村が取材したのが、村岡さんでした。(ちなみに、その時の研究対象だった「元気を産もう!」のポスターを制作したのが、デザイナーの日高英輝さんであり、写真家の蓮井幹生さんでした。)その頃から、宮崎の中心市街地を活性化させようと「街市」に取り組んでいた村岡さんの、情熱や思いの強さは、今村の多いに共感するところでした。

2012年にはじまり、今村が企画・監修している情報番組「まちのたね」でも村岡さんと「街市」を取材しました。そんなことを通して、今村と村岡さんの親交がつづいていたところ、「九州パンケーキ」が発売されたのです。

宮崎を元気にしたい。食の力で、九州から日本を元気にしていきたい。そのために、九州7県の素材だけでパンケーキミックスをつくるというアイデア。できるだけ生産者の顔が見える、安心・安全な素材を。村岡さんが九州パンケーキに託した商品コンセプトに共感した今村は、「これこそ、オフコマーシャルが次に取り組むべきCMだ!」と考え、今村から村岡さんに提案して、九州パンケーキのオフコマーシャル・プロジェクトがスタートしました。

九州パンケーキのおいしさとコンセプトのすばらしさを、CMで伝えよう。その思いに共感してくれて、3人の実力あるクリエイターが結集しました。宮崎出身のデザイナー・日高さんは、長年宮崎県のブランド開発やデザインに関わってこられ、最近では、佐土原ナスのデザインをされたばかり。写真家の蓮井さんは、口蹄疫問題はじめ、子どもたちと写真の楽しさを学ぶ「キッズセイバー」の活動や、自らの創作活動でも数多く宮崎を訪れている「宮崎応援団」のような存在。コピーライターの中村禎さんは、大企業のヒット広告を数多く手がけられてきましたが、元はと言えば、北九州出身の九州を愛して止まないクリエイターです。

われわれクリエイターと、村岡さん。今回の九州パンケーキ「オフコマーシャル・プロジェクト」は、私たちのモノづくりへの共感から動き出しました。そして、思いはひとつ。宮崎から、九州から、食の力で日本を元気に!

プロジェクトの足跡

2014.02.16 (日)
〈伝わらない言葉〉と〈伝わる言葉〉

今年最初のブログ。

いけないいけない、あっという間にもう2月も中旬です。

5月の撮影、その後の音楽録音や編集など、九州パンケーキのオフコマーシャルは、いよいよ完成に向けて山場を迎えます!

CM制作が一休みしている時も、時々このブログをアップしていきますので、引き続き、応援よろしくお願いします。

 

このところ、「歴史的な」大雪に見舞われている東京。そんなニュースや、ソチオリンピックの報道一色の新聞を広げていて、先日、ある新聞広告に目が止まりました。

 

写真 のコピー 3

 

なに?、コレ。

まるで九州パンケーキの映像そのものじゃないか。パクられたか!?

いやいや、そんなわけありません。

よく見ると、田んぼのまんなかに立っているのは生産者ではなく、出産や七五三、成人式や結婚式や妊娠、初孫や喜寿の祝いなど、人生の象徴的な一コマを迎えている人々(プロの目で見ると、田んぼに立っている人たちは、あとで合成した?)のようです。「今日という人生に、農業ができること。」というキャッチコピーを配した、JAバンクの新聞広告でした。何のことはない、典型的な田園風景はJAの象徴。「何かと物入りな時、JAがあなたを支えますよ」。

言いたいことは、ズバリ、そんなところでしょう。

 

今日、食べるということ。

それは、料理した人と向き合うこと。

それは、食材を育てた人を思うこと。

それは、この国とつながること。

誰もひとりでは食べていけないから。

私たちは、日本の農業を支えることで人と人、人と地域をつなぎたい。

 

そんな、耳障りのいい言葉がボディーコピー(広告本文)のなかに並んでいます。いつもなら素通りする、特に面白みのない広告でしたが、ちょっと「いやな感じ」が残りました。

これ、なんの意味があるのだろう?

この新聞広告に、いくらかかっているのだろう?

この言葉は、だれかに届いているのだろうか?

そうこう考えるうちに、ぼくの妄想はどんどん広がり、ついに、こんなことを考えるまでになりました。「ここに書かれていることは、だれもおもしろいと思わないだろうが、かと言って、突っ込みどころもない、どちらかと言えば心温まる、耳障りのいいメッセージだ。しかし、この広告には、残念ながらたいした意味や効果もないばかりか、ぼくらが立ち向かうべき巨大な敵の存在が見え隠れしているのではないか」。いやいや、JAがどうのこうのという気持ちはさらさらありません。この広告を作ったクリエイターを批判する気持ちもまったくないんです。でもぼくには、いま、この国を二分するような「伝わる言葉」と「伝わらない言葉」の、その背景にあるふたつの価値観の戦いのようなものがはじまっているのではないかと思っているのです。

先の東京都知事選挙の争点のひとつは、「脱原発」とされています。実は、はっきり原発推進を掲げたのは田母神候補くらいのもので、当選した舛添要一氏でさえ「段階的に脱原発」を標榜していたのですから、ほんとうに争うべき論点は、「脱原発」そのものではなく、もっと別のところにあったはずなのです。真の争点は、右傾化する安倍政権に東京からストップをかけること、成長とは何か、幸福とは何かといった、これからの日本が目指すべき価値観をめぐるものだったという気がしています。いくら首都東京とは言え、たかが一地方選挙で争うのはおかしい、まるで国政選挙並みの論戦でしたね。その背景には、国際的にも孤立を深め、懐古趣味的で危険な政策に走るこの国に対する危機感や切迫した空気があったのだと思います。それにしても「脱原発」という言葉の、ほんとうの意味を一体、だれが伝えていたのでしょうか?

 

 ”なぜ福島が犠牲にならなければいけないんですか、これ以上。

原発で作った電力で、東京は豊かになったんじゃないですか。

その東京が豊かになって、地方が捨てられる、こんな現実許されませんよ。

今、この争点は「脱原発」とかいう甘い言葉じゃない。命を守るかどうかなんです。

心を豊かにすれば、命を守れるんです。お金では買えない。

私が東京に来た時、東京では必ず人身事後が起こっているではないですか。

東京は命を軽く見ている。こんな東京にしといていいんですか。絶対ダメですよ。

東京が豊かになるということは心が豊かになることなんです。”

これは、細川護煕候補の応援演説で述べられた、南相馬市長・桜井勝延氏の言葉です。「脱原発」をめぐってさまざまな論陣が張られた先の都知事選でしたが、この言葉ほど、「脱原発」の「ほんとうに意味すべきこと」がしっかり示されたものはなかったとぼくは記憶しています。

 いまほどマスコミの言葉が空疎になっている時代は、かつてなかったのではないか。ぼくは、ある恐怖感とともに、最近そう思いはじめています。「脱原発」、その内実がはっきり示されないまま、わかりやすく、手っ取り早く何かを伝える言葉として、ひとり歩きしはじめます。そうこうするうち、その本当に意味することを考えられなくなってしまう。「脱原発」が、ぼんやりと「原発に依存しない社会」「代替エネルギー」「電力の不足」などを想起させるだけで、ほんとうの争点が見えなくなってしまう。マスコミがどれほど意図的にそれを行っているかはわかりませんが、少なくとも「脱原発」のほんとうに意味するところを伝える努力はしていないように思えてなりません。

 <マスコミ> 対 <南相馬市長・桜井氏>

 <巨大組織> 対 <ひとりの人間>

 そんな構図が、見えてくるような気がします。あるいは<伝わらない言葉>対<伝わる言葉>。近頃、マスコミや、国や組織を背負って話す人の言葉が、どうも伝わらない。それどころか、危険でさえあると感じることが多くなったような気がするのです。ぼくらは、その<伝わらない言葉>が、なぜ、どのような意図を持って発せられているのか、もっと注意深く接し、その欺瞞に気づかなければならないのではないか。

 あらま。話が大きくなってしまいました(笑)。

話を、先のJAの広告に戻しましょう。

 この広告は、ボディーコピーの最後に「私たちは、JAバンクです」とある通り、JAという巨大組織を一人称として語られています。それ自体は、広告でよく使われる手法なのですが、だれが、何を思っているのかが、さっぱり伝わってきません。ひとりの人の思いが、広告のどこにも見当たりません。もちろんこの広告を見て、嫌な気持ちになる人はいないと思いますし、多少、JAに対する好感を醸成することに効果はあるかもしれませんが、何かが伝わっているとは到底思えないのです。何かを伝えたいという迫力も皆無。でも、全国紙に全面広告をこの大きさで出すとなると、数千万円単位で(いわゆる朝毎読日経の各紙に出すとなるとその何倍も)広告費がかかります。効果がないでは、すまされません。

 広告は、もちろんさまざまな企業や組織が発信者になって打たれるものなのですが、ぼくは、そのコアになるのは、あくまでも「ひとりの人の強い思い」でなければならないと思っています。その「ひとりの人」は、クライアントであっても、クリエイターであってもいいのですが、それがないと、伝わるものも伝わらないと考えています。広告で語られるのが、ぼんやりとした「組織の言葉」や「企業の言葉」であってはならないのです。

 九州パンケーキの撮影をしながら、ぼくは何度となく「幸せだなぁ」と感じる瞬間がありました。ある言葉に出会ったとき、そう感じるのです。村岡さんや生産者の方たちの、洗練されていなくても、当事者ならではの事実や強い思いに裏付けられた言葉に出会ったとき、「ああ、このCMを作ってよかった」「この言葉をみんなに伝えたい」と思います。もちろん、それをダイレクトにそのままCMで使うわけではありませんが、その「幸せを感じる瞬間」は、きっとCMを見る人に伝わると信じています。

 それにしても、「脱原発」を語る桜井南相馬市長のように、いま、地域の人の発する言葉には、並々ならぬ強さやリアリティーがあるように感じます。<国の言葉>や<組織の言葉>ではなく、ひとりの人が発する言葉。信ずるに足る言葉の持つリアリティーを、広告を作る人間も大切にしていきたいものだと考えています。マスメディアを舞台にした広告であっても、オフコマーシャルであっても。

 たとえば、赤米を育てていらっしゃるある生産者の方は、こんなことをおっしゃいました。こういう言葉に出会えることにこそ、オフコマーシャルを作ることの喜びがあるような気がしています。

 

 ”この赤米を取って食べたときに、本当のお米のおいしさがある。それを幸福だなぁと感じる子どもたちを作らないと、それこそ50年先100年先、たぶん日本も地球自体もなくなってしまうような、そんな危機感が自分にはある。本当においしいお米は、命の糧なんですよ。これが、なくなってしまえば、みんな生きていけないんです。機械の歯車を食って生きることはできません。”

 

今村直樹

2013.12.28 (土)
穀物を育てるという物語① 宮崎県綾町

CMで伝えたいことは、きわめてシンプル。ここで、この人たちの手で、九州パンケーキの素材は育まれている。それをウキウキするような楽しい映像で伝えたい。ただそれだけ。そして、そのために、実りの風景と生産者の方を撮る。撮影も、いたって単純です。

ただ、作物が収穫の時期を迎える寸前、そのタイミングだけは逃さないようにしないと。前回お話ししたように、何度か世界を股にかけて小麦畑を撮ってきたし、自然を相手にする撮影にとってタイムリーに撮影することの大切さも難しさも、いやというほど味わってきました。大掛かりな機材がなく、スケジュール調整がやっかいなタレントさんがいない分、撮影チャンスだけはうまくつかまえないと。

村岡さんと連絡を取りあいながら、最初の撮影は9月24日から26日にかけてと決まりました。パンケーキの肝心要の素材、小麦は、来年の5月の下旬から6月初旬にかけての撮影を予定しています。まずは、収穫が迫っているお米やきびなど雑穀の、畑の風景と人を撮ることになったというわけです。

なんて。簡単に言っていますが、直前に台風が来たりして、いま思えばヒヤヒヤものの撮影でした。事前の情報では、風で作物がなぎ倒されている可能性があると聞いていましたから。

東京からのスタッフは、総勢5名。今村と蓮井さんの他に、撮影アシスタントの三浦耕さん、録音の北原慶昭さん、制作の牛島弘識さん。

空港に着くと、村岡さんと児玉和憲さんが出迎えてくれました。児玉さんは、九州パンケーキの素材調達を一手に引き受けている、その名も株式会社コダマの専務さん。会社の車で、撮影スタッフを現場まで案内してくれるということになりました。これで車両費が浮いた! いやいや、オフコマーシャルは予算節約、じゃなくて、「力をあわせて気持ちをひとつに」が大切。(標語みたいだけど、モノづくりの鉄則ですよね。)そして、現場には、熊本製粉の大熊浩さんや吉田汐里まで駆けつけてくださいました。期待されてるなぁ、オフコマ! なんてね。テレビでオンエアするわけではないけれど、コマーシャルを作るとなると、なぜか、みんなウキウキするような気がするんですよねぇ。

最初のロケ地は、宮崎県綾町。綾町は、有機農業に積極的に取り組んできた町として有名ですよね。昭和63年(1988年)に「自然生態系農業の推進に関する条例」が制定されているほどです。数年前、当時フーデリーの宮田理恵さんにご案内いただいて、早川農苑http://ayahayakawa.comや、知的障害者の方がお仕事されているハーブ園「あや作業所・命の楽校」http://www.ayasagyousyo.comなどを訪ねたことがありますが、町ぐるみの自然と生命のつながりに対する意識の高さには、新鮮なショックを覚えたものです。

そして、綾町でぼくらを迎えてくださった生産者の方も、もちろん有機農法の積極的な推進者でした。それも、合鴨農法に取り組んでいるのだとか。もちろん、刈り取りを控えたその時の田んぼに鴨がいたわけではありませんが、田植えが終わって、稲が成長するまでの間、水を張った田んぼに数十羽(ここでは40羽だそうです)の鴨が泳いでいるんですよ。その風景を、ちょっと想像してみてください。

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合鴨農法には、「一方では除草してくれるし、もう一方では、飼う人たちが癒やされる、まわりの人が癒やされる。2つの効果がある」とおっしゃっていました。最初の2、3日は、夜は田んぼにヒナを置いて帰るのが心配なのだそうですよ。そのうち慣れてきて、朝、餌をやろうと呼ぶと、ヒナたちが両手を広げて走って来るのだとか。ヒナがいるので害虫が発生しにくい、雑草も育ちにくい。お米といっしょにヒナも育って、鴨になる。それで人が癒されるとなると、一石三鳥くらいの感じですね。って、あれ!? 育ったお米は人間の口に入るのだとして、育った鴨はどこに行くのだろう? それは聞きそびれました(笑)。

ここは、もともとは、農薬や化学肥料を一切使わないで野菜を育てる畑で、米づくりは裏作なのだそうです。トレーサビリティ(生産者や流通経路を明らかにすること)が進んでいる野菜に対して、お米は銘柄志向に偏りがちで、もうひとつ、食卓に届くまでの背景や経路に対する消費者の意識が低いように思います。でも、綾町の生産者の方は、野菜を無農薬で育てるうちに、裏作のお米に対しても「いかに農薬なしで育てるか」という発想になったようでした。

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こんな言葉が、強く印象に残っています。「どうせつくるんだったら、物語ができるような感じでお米を育てたい。」

お米の物語。いい言葉ですね。いま、ぼくらが作ろうとしているのも、パンケーキの物語なのかもしれないなぁ。そして、ほんとうの物語をかたれない食品にまみれた暮らしを、ぼくたちはしているのかもしれません。

そんなわけで、その後に続いた、熊本、佐賀、鹿児島の撮影、つまり「穀物を育てるという物語」を順次、ご報告していきたいと思います。九州パンケーキ・オフコマーシャルプロジェクトのブログ、来年に続きます。みなさま、よいお年をお迎えください。

今村直樹

2013.12.07 (土)
麦畑って、ほんとうに絵になるの!?

日本の田園風景を象徴するものと言えば、田んぼ。

冬を越して、乾ききった土に水が引き込まれ、あっという間に風景が緑色に染まるのが、5月後半。それからというもの、私たちは稲の成長を風景の移り変わりのなかに見ながら、梅雨や、夏や、秋を過ごします。田んぼの風景には、日本人のDNAを刺激する何かがありますよね。

でも、麦畑ってどうなんだろう?

北海道や、ヨーロッパやオセアニアの国々を思い起こすことはあっても、身近に麦畑を見たことがある人って少ないのではないでしょうか?

30代も半ば、1990年前後のこと、麦畑を求めて世界を旅しました。某大手酒造メーカーの、麦芽100%のビールのCMを担当していたことがあり、麦畑を撮影するために、南はニュージーランドやオーストラリア、北はフランスからノルウェーに至る国々に、ロケハンや撮影で行きました。ヨーロッパなどでは当たり前の「ビールは、麦芽・ホップ・水から作るもの」という常識が、日本では通用しません。大手メーカーで麦芽100%と言えるのは、当時も今も、ほんの数種類のブランドだけ。だから、麦畑にタレントを立たせたり、収穫した麦を積んだ馬車に役者を乗せたり、麦を背景にビールグラスを撮影したりして、「麦芽100%の本格的なビール」を印象づけようとしました。ビールのCMは、春から初夏にかけてが最盛期ですから、撮影は、日本の冬の時期になります。自然と、季節が反対のオセアニア、特にニュージーランドで撮影することが多くなりました。

あ、つい脱線しちゃいましたね(笑)。

九州パンケーキのCMを撮影する上で、欠かせないのが麦畑、そんな話をしたいのでした。

パンケーキミックスの主役は、なんと言っても小麦です。製品の中身に入っている原材料が育っている畑を写す。その生産者の方に出ていただく。

堂々と、きちんと、商品の背景にあるものを加工や置き換えなしに表現する。

当然のことのようで、実は、CMとしては案外、画期的なこと(と同時に、困難なこと)だと思っています。

ぼくが、かつて麦芽100%のビールのCMのために、世界を飛び回ったことだって、それは単に「麦のイメージ」を表現するためであって、実際のビールの中身とは何の関係もありません。そのビールに使用されている麦芽の原材料はヨーロッパで生産されたものだと聞いた記憶はありますが、どんな畑で、どんな人たちが、どれほど食の安全性に配慮して、麦を育て収穫しているかなど、知る由もありません。まさか、そこに「不都合な真実」があったとは思いませんが、たとえば大手メーカーのパンケーキミックスの原材料である小麦の生産地を写すとなると、果たしておいしさの表現に適した環境や人であるかどうかは、大いに疑問です。

九州パンケーキのCMで、麦や米や雑穀など、パンケーキの素材が育つ風景を撮るのだと言っても、果たして絵になるのかどうか。心ある人、できることならこだわりのある人が作物を育てていて欲しいと思っても、実態はどうなのか。正直言って、不安でした。

新年早々から「オフコマーシャルを作ろう!」と、村岡さんや蓮井さんと盛り上がったのはいいけれど、気がつけば春になっていました。盛夏に収穫されるのだと思ってばかりいた麦が、実は5月下旬か6月はじめには刈り取りだと聞き、正直、焦りました。まず、ロケハンをしなければ。ほんとうに、胸を張って、「ここで育った麦で九州パンケーキが作られているのだ」と言える映像が撮れるのかどうか。そもそも、九州で麦が穫れること自体、意外な事実。美しい麦畑の風景が、もうひとつリアルにイメージできません。

そんなわけで、まずは5月下旬、ぼくと蓮井さんは熊本に向かい、村岡さんと落ち合って麦畑のロケハンをすることにしました。収穫を間近に控え、麦畑は黄金色に色づいていました。想像以上に広大な面積で畑は広がっています。CMの撮影!? 怪訝そうに生産者の方も来てくれました。聞けば、ぼくと同い年。直感的に、風景も人も、「絵になる」と確信しました。日焼けした、都会の人にはないまっすぐな笑顔。いかにもおいしいものを生み出しそうな、ゴツゴツした手。その人が麦畑に立つだけで、どこか説得力がありそうです。

 

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畑のロケハンを終えて、ぼくらは九州パンケーキの製造元である熊本製粉にも足を伸ばし、工場見学をさせていただきました。村岡さんが、何度も足を運び、試作・試食を重ねながらようやくたどりついた、あの味と食感。商品開発を担当された方々の、この商品にかける想いに触れ、しっかりこの目で製粉される機械とプロセスを確認することができました。

ほんとうに麦や雑穀の畑、そして生産者の方たちを撮ることが、果たして絵になるのだろうか?

その不安は、このロケハンで解消されました。しかし、それからしばらく間を置いてお米や雑穀の撮影を開始した9月下旬。ぼくたちを待っていたのは、ただ絵になるというレベルを超えて、志高く、ほんとうのおいしさと、次世代にも安心して手渡せる米づくりや雑穀の生産に向き合う人たちでした。時を超えて美しい田園風景でした。

次回は、そんな話も交えて、いよいよはじまった撮影のエピソードなどお話したいと思います。

今村直樹

 

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